Volume#40 Loaded

ローデッド
エージェン・オースターマン
http://volumeproject.org/2014/07/loaded/

世界がせわしなくなればなるほど、衝突の障害も増える。難民に関する近刊のUNHCRに出ていた数字を見てみると、世界中の難民が5千万を越えるという史上最も高い記録—1986年からの統計データの中で、という話だが—が出ていた。これは動いている人々の大きな流れであって、主に暴力が原因となっている。韓国とか、南アフリカとか、スペインとかの全人口以上だ。もちろんそれは憂慮すべき悲しき数字だが、なぜ私たちはそこに関心を払うのだろう?なぜそれがニュースになるのだろう?なぜならこの例外性が関心を引くからであって、状況そのものが、というわけではないのだ。

これを読みながら、いくつかの連なった疑問が私の頭に浮かんできた。難民と亡命希望者は何が違うのか?(このレポートは5千万人の難民と120万の亡命希望者と別物にしている)とか、それは人道的水準にどういう影響をもたらすのか?とか、その数字は今日のより暴力的な世界を示唆していて(私たちはこれまで以上に安全な世界に住んでいると示唆するようなリサーチもいくつかある)、争いの数、病気にかかった人々の数、あるいは一人当たりの、地域当たりの、民族的背景ごとのリスクといった観点からこの主題を見るべきなのか?

5千万という注目すべき概算に近づいてみるとき、その簡素さや直接性は消えてなくなる。つまり、これはそのメッセージを理解させるためのフレーミングの問題なのだ。

なぜ今号のVolumeがこんな変わったテーマになったのか、の理由もまさにそれだ。ポストコンフリクトの再構築という文脈における建築の役割。シンプルなメッセージはなく、破るべき記録もない。提示すべき複雑性のみがある。さらに近よって見てみよう。意識的にデザインされたものだろうがそうでなかろうが、建設はポストコンフリクトの状況と深くつながっている。地域の状況はたいてい基本的にはコンフリクトによって変化させられてしまう—その後、異なった世界がやってくる。でも物理的には、停戦と平和維持のはじまりの後に、より根本的な変化が起こる。平和維持そのものは大きな影響であって、少なくともあまねく人々に求められているわけではないモダニティをもたらす。そして、人々の様々な動きは状況を変化させ(復員した戦闘員の帰郷や難民の帰還)、投機と建設の両者をうながす居住への大きなニーズを生み出す。もちろん対処しなければならない破壊もある—失われてしまったものを代替するとか(立て替えるべきか、改修すべきか?あるいは取り壊すべきか、レストアすべきか?この辺はジレンマだ)。それからあらゆる種類のキャピタルフローの無秩序な流れは不動産建設においてほとんど固定化されている。そのリストはまだ完全なものじゃないけど、その曖昧さと混乱において、その画ははっきりしている。

これをチャレンジだとかタスクだとかという簡単な言葉で切り取ることは難しい。状況は複雑で、建築の役割もまた同じなのだ。この複雑さを理解することは長期的な視点から見て効果的な影響をねらうこの土壌に寄与し、介入するためにはなんであれ極めて重要だ。Volume26号がいわば、まさにこのテーマに関心を払えという叫びだったり、あるいはいくつかの大事なテーマを示唆していたりしたとしたら、こちら40号の方は、現場で何が起こっているのかに焦点を当てる。実際のところ私たちとしては最初の介入から社会が安定し再度自立したときまでのより長い期間を見たいのだが、寄稿者はこのタイムスパンを伝えるに気乗りしていないようだった。もちろんそれは難しいことではある。さまざまな建築的解決を試し、客観的に比較できる方法でその結果をテストするような研究組織はまだない。他方で、意図や結果が調和しているのであれば、それはそのプロジェクトが間違っていなかったことを示唆しているともとれる。

Volume26号に続く展覧会『The Good Cause』において、寄与を多くなしているととらえられるような、私たちが考えるところの、ポジティブな平和のための信頼できる試みを行っているプロジェクトを集めた。モントリオールのCCAのために組み立てられたこの展覧会は、ルワンダはキガリにも巡回した。この年私たちは、春にストローム・デン・ハーグ【註:オランダにあるアート&建築ミュージアム】で見せたような、「平和と正義」に関する一章をこの展覧会のために付け加えることができた。そして今、ミュンヘン工科大学建築ミュージアムでのオープニングの後にこのテキストを読んでもらっているが、「ヨーロッパの分断された都市」に関するさらなる一章が増えている—この号にもそのカタログを付録としてつけた。ということで私たちはこのテーマを様々な側面から探求し続けている。翌年に展覧会は、難民に着目し、イスタンブールとアンカラへ巡回する。これだけは言えるが、まさにこの複雑さを理解することこそが本質的なことなのだ。

このテーマに関して、時代は私たちとともにあるように見える。関心は建築において作者からプロジェクトや社会的効果に移っている。しかし、自分たちの割り当てを受け取るかわりに自身のプロジェクトを見つけること、市場に届ける変わりに市場を生み出すこと、という建築家へのニーズによって、才能あるデザイナーに時間とエネルギーを費やして関わってもらいやすくもなる。なぜならそれこそを求めているからだ。ポストコンフリクトの状況において緊急措置はないし、栄光もほとんどない。それはスタミナと献身、そして冒険的なことへの感触を必要とする。一般的にペイは少ないからだ。

希望の兆候はほかにもある。注意深い気質は、平和維持という目的の役割や効果に関して軍事にシフトしている。そして空間的問題が外部専門家を必要とするような施設や組織の中での気づきがある。ただ、おそらくより重要なのは、モダニティを吸収した時代の後で、私たちはもはや地域なるものをバイパスすることができない、という気づきだ。それは私たちの手続きやアプローチに統合されなければならない。(了)

訳/榊原