Volume#38 Law on the Line

境界線上の法
エージェン・オースターマン&ブレンダン・コルミール

 

法と信念について話してみよう。法は一定の信念を求める—私たちの集合的な最大利益に対して機能するような信念を。とりわけ昨年は、そんな信念を容易に見失うような事件があった。いくつかの注目を浴びるような事件が、不条理にあるものを解放し、他を迫害するような司法システムのなかの不調和に光を当てたのだ。ウォールストリートを例にとってみよう。2008年のリーマンショックに続き、アメリカ政府は法のベストチームをつくり、ことを悪化させている問題の原因を根絶やしにしようとした。過度な拝金主義と大規模な不正が明らかに進行しているにも関わらず、政府はひとりの主要なバンカーさえ告訴することができなかった。あるいはトレイヴォン・マーティンの隣人自警団員ジョージ・ジンマーマンによる冷血な殺人を見てみよう。フロリダの「スタンド・ユア・グラウンド(正当防衛)」法を利用することで、法律家は無防備な少年の人種差別ととられかねない殺人を正当化した。そしてグアンタナモ湾には、世界で「最も民主的な国家」が運営する監獄があり、彼らの権利を剥奪された人々が収容されている。これらすべて技術的にはリーガルなものだ。

 

そういった領域のもう一方の端に、私たちはいく人かの監視人、活動家、そして内部告発者が、こうした不正に光をあてようというねらいのもとにしょっぴかれていることを目撃している。ウィキリークスの創設者であるジュリアン・アサンジは、いまだロンドンのエクアドル大使館に監禁されている。エドワード・スノーデンは自棄になって、彼を受け入れてくれる保護地を、どの国であれ、探している。パンクバンドであるプッシーライオットのメンバーは、ロシアのグーラグgulag(矯正労働収容所中央管理局)で堪え難い毎日を過ごしている。映画の言葉に置き換えるならば、悪い奴らが勝ち、正しい奴らはみんなムショ行き、というようにも見える。じゃあ法律のいいところってなんだろう?

こうした問題につきものではあるが、VOLUMEにとってこのトピックは、建築からあまりにも遠くに行き過ぎてしまうのではないか、というリスクがある。しかし法は本質的に空間的なものだ。それは私たちのふるまいのみならず、私たちがつくる空間を条件づけている。アサンジがプレス会議を行ったエクアドル大使館のバルコニーを考えてみよう。この場合、法を経由することで、建築は指名手配者に語るための演壇をつくったわけだ。あるいはスノーデンが、ロシアの地に技術的には足を踏み入れることなく、自身が次にどう動くか構想を練ることができた、シェレメティーボ空港のトランジットエリアに着目してみたらいいだろう。

 

正直なところ、これらは例外的なケースだ。もっとずっと凡庸で、でもほぼ間違いなくよりインパクトに溢れているものは、ひとりの建築家が実践を成功させるために受け止めなければならないルールの長いリストなのだ。調達手順、プロフェッショナルな認証、損害賠償保険、コピーライトとパテント—確かに退屈—でもそれらは全てひとりの建築家にできることを制限する。さらには、それは訴訟の亡霊、すなわち小さな実践にとっての死の前兆、を際立たせる。その制限は次から次からやってくる—ここ数十年間、建築的実践はそれを守るのみならず、それを媒介する者を制限する、より多くのコードやプロトコルを積み重ねてきた。

 

ただ、建てられるものを規定するような法もある。ほとんどは安全性や(建物が)よくあるために設定された、善意から来るルールだ。最高高さ、消防規則、セットバック、などなど。でも法が変わるのはゆっくりなので、そのためにはどうしても不条理が残ることもある。これらローカルな特殊性は、建築家が海外を旅行し、似たような状況のなかで規制が存在していないことを見るときに、目立つ。世界的に野心的な建築家にとって、こうした法は、グローバル化した世界においてますます偏狭なものとして見られる、目の上のたんこぶになっている。さらには、エンジニアリングや新たなデジタル製品が、それまでは不可能だったような建築形態を生み出し得る時、その法は制限因子として残るのだ。

 

より広いレベルで、建築は社会を形づくる法によって決められる。そしてそのかわりにある種のコミッションが必要とされている。例えば、住宅所有が法的に推奨されているが極端な収入格差がある国において、豪華なヴィラを持ちたいという要求は、公共住宅への要求をはるかに上回る。社会志向を持った建築家にとっては、もちろん、葛藤が起こる。建築家は、オープンで民主的な空間を生み出すという野心とともに、ウガンダのアンチ・ホモセクシャル法、あるいはアイルランドの人工妊娠中絶法、はたまたカタールの奴隷労働へと、どう対応していくのだろうか?

 

おそらく、グアンタナモ湾の事例がはっきりとさせたように、もっとも注意しなければならないのは、法には外側がある、ということだ。法はあらゆるものに行き渡っているわけではない。民法が止まったとき、軍法は完全にそれに変わるわけではない。最も注意しなければならないのは、法の欠如ではなく、法の「外側」が「内側」と共存し得るという発見だ。法制度は瞬間、場所、そして個を、それが選ばれたときには、外側として示し得る。

 

ここで私たちはお手上げになってしまい、諦めざるを得なくなる。法は動かし得ない獣のなりと態度を持つからだ。でも騒々しく諦めることは青くさい姿勢だ。法は頑固かもしれないが、それは静的なものではないわけだし、慎重な態度は、それを否定するよりも究極的にはいかにそれを変えるのかを見ていくことだろう。例えば、以前世界で85番目に裕福な人間は最も貧困な50%の人々と同じくらいの富を所有しているというレポートが出た。あんまりな統計だが、それは一夜にして起こったことではない。それは1%を優遇する法をロビーイングするような数十年を経て、例外の空間的エリアの創造を通じて、トリクルダウンと自由という誠実さのないレトリックを通じて、つくりあげられたものなのだ。

 

ネガティブな絵に光を当てるために、社会をよりよくするための権利と義務のための首尾よい戦いを行ってきた偉大な人たちや運動によって、歴史は記されてきた。私たちは長い道のりをやってきたのだ。そしてその戦いは数えきれないNGOや現在的な社会問題への取り組みを行う組織とともに、続いている。建築家は彼らの計画からページを借りるべきだ。それらは法とともに動き、法を晒し、転覆させ、回避し、また無視するためのツールセットなのだ。あるいは、結果的に法を変えることで、新たな事実を現場につくりだす。最終的には、建築は単によい建物をつくるのではなく、よい建物を生み出すための適切な状況を保証することになるのだ。

 

 

訳/榊原