Volume#37 Machines for Architecture to Be Lived in

住むための建築のための機械
ジェフリー・イナバ

建築は機械に頼っている。機械は私たちの都市の構造を住みやすいものにする。機械がなければ、建物は水や電力のような基本的なサービスを欠いたままだ。暖房も、冷房も、照明も、防火も、エレベーターも。修復も維持もできなくなる。デジタルコミュニケーションテクノロジーだって言うまでもない。生活をサポートするためのキャパシティはガクンと落ちて、建築はベーシックなシェルターくらいのものになる。

近代の建物は機械なしで機能するようにはつくられていなかった。快適な温度や新鮮な空気といった問題を考えてみよう。フロア、天井、そして外皮だけでは断熱は不十分であり、内部の温度を適切に保つために建物は気候コントロールシステムに頼る。加えて、大規模な構造であったりある程度の占有率を持つものは、レスピレーターのアレンジメントや人間のふるまいに適ったチューブを求める。自然のベンチレーションの援助があっても、外気を機械的に出し入れし、その空間で快適に過ごすことができるよう新鮮な空気を十分に循環させなければならない。機械は建物が温度や空気の流れを十分に制御できないがための埋め合わせをする。機械は住むための建築に従うのだ。

機能にとって欠かせないものであるにせよ、機械装置は典型的に、非効率的に稼働させるサポーター的な役割を担っている。しばしば、デザインやエンジニアリングのプロセスにおいて、建物の構想が最初に立った後になって、空間の明確な結合や使用、そして組織化に対応しながら、機械的なインフラが適応される。温度的な不足を相殺するために、熱交換機heat exchanger、冷却装置chiller、送風機fan、無線通信路trunks、ダクトduct、緩衝材dampeners、ベントbent、そしてディフューザーdiffusersが、割り当てられたそれぞれ未対処の部分に差し込まれる。機械は部分の連結が広大でごちゃごちゃしていればいるほど、規格外になりがちだ—それらが建築の中に埋め込まれたままになるよう、それぞれ壁、フロア、そして天井の影へと分けて隠される。この一連のプロフェッショナルサービスはシステムの効率性を減少させ、あらかじめ調整されたかたちに対する従属的な関係を築くのだ。

機械が何を可能にするのか、ということを考えてみると、それが何を埋め合わせるのか、のみならず、コンセプチュアルな空気をデザインプロセスに吹き込むことができる。それほど機械装置に依っていない技術的な建物、そこではマッスと機械とが一緒になってサステイナブルにその内側を取り扱うわけだが、それは先に触れたデフォルトの関係性における向上の一側面でしかない。環境制御システムはよりインスピレーションに溢れる目的のために使われ得るものだ。もし現状の気候技術が良くないデザインという成果に対抗できるくらい洗練されたものになれば、良いデザインというサービスに役立つ以上のものになる。温度制御は新たな建物のかたちを探求し実現するための手段として働き得るわけだ。

今号で取り上げられるプロジェクトは、読者にこういうことを思い起こさせるだろう。建築家はかつて、望ましい建築的成果を実現するための気候制御の方法を形にしており、彼らのプロジェクトの目立った特徴により高い強度と解像度をもたらす技術を生み出した。そうした仕事を見ると、私たちはデザインの質を明らかにし、洗練するための技術を使う際の原理を抽出し、それが生み出す特定の建築的可能性をよく理解することができる。

こうしたねらいを持った建築家は、審美的な目的を想定したユニークな技術的手法としてのシステムを考案していたわけだが、個々のプロジェクトは、建築と機械との関係性を包み込む特定の形式的な特性や利点を埋め込んだ、より広範なプロトタイプとしてとらえることができる。それぞれをデザインプラットフォームとして見ることができる—特定の建築的課題と領域を調査するための技術的な土台—というわけだ。

水平的な建物においては、機械装置のおかげで、構造あるいは壁面といった建築的言語が内側の性質を決めることができる。そのシステムは居住空間の上や下から空気を入れるがために、そもそも気候に関連した部分はその空間に存在していない、というような思いとともに、その構造は概念化され得る。例えば、ミース・ファン・デル・ローエのクラウンホールの主階の温度は、屋根と床に埋め込まれた装置によって維持されており、機械技術によって遮られることのない無柱の内装空間という構造的な表現が可能になっている。気候制御システムのこうしたアレンジによって、これらのビルディングタイプは原理的な技術が順応し得る限り水平に拡張することができる。その空間は、機械がそこに飛び出ることなく、その構造が持つ程度に、外に広げられる。

機械要素が埋め込まれた建物の壁面配置を発展させようとする際に、建築家にはお呼びがかからない。建築家はそれぞれの空間の図形的な輪郭を、機械的要素の存在に折り合いをつけたりそれらを隠したりすることなく、決定してしまうのだ。

SANAAのトレド・ガラス・パビリオンは内部空間の難しいレイヤリングを解くために機械装置を使っている。熱制御の発明的方法によって、空間と空間との間でまったく異なった気候的要求を満たしながら、蛇のような壁面を形づくり、様々な内的形状を多様化する余裕ができた。エンジニアリングコンサルタントのひとり、マティアス・シュラーと、そのときのSANAAのプロジェクトアーキテクトであるフロリアン・アイデンバーグによるコメント【訳註:彼らへのインタビューが同号に掲載されている】は、建築の効果に即した機械と形の絶対性を明らかにしている。ガラスの壁面そしてそれらの間の空間は、内部の空間を守ると同時に経験の雰囲気をかたちづくる—また別の眺めと反射を、曲がるパネルを通した曖昧な視界を、そして開かれ閉ざされた空間を横断するシークエンスを生み出すわけだ。

複数階を持つ高層の建物においては、空気の動きをデザインすることが重ねられた層をかたちづくられた空間に変え、部分を開放する。送風機やベントによって気候的につなげられた、上に上に積層する個別のフロアの重なりではなく、その内部空間は機械的というよりも空間的なつながりを生み出しており、一連の階層からつくられた連続的な垂直的空間をもって開放され得る。フィリップ・ラームは、建物のために取り入れられる空気を上へ向かわせることで内部の垂直断面を活性化させる。空気を和らげるための機械やチューブといった標準的な動力の変わりに、内部空間それ自体をパイプとして働かせることで、彼が語るように、「人々はダクトの中に暮す」のだ。「コンヴェクション・アパートメント」のようなプロジェクトにおいて、彼は、暖気が上昇するようにテラス部分を調整するため、フロアスラブに段差をつける。その帰結はヴォリュームやヴォイドの輪郭をつくる水平面をともなった「フリーセクション」だ。この論理も、建物のエクステリアにおける形にまつわる固有の言語にインスピレーションを与える。内部環境—そこでは、形態はフローに従う—からデザインをとらえることは、群全体へのそれをいかに引き上げるのか、というレパートリーを考えることでもある。内部の気候は建物の形態を豊かにするのだ。

ひとつのサステイナブルな介入を導入することが、より大きなスケールでの都市的な志向に役立つ他の要素が自由になる。建物のひとつの特徴であっても、エネルギー消費を劇的に下げる、建物全体にとって効果的なサステイナブル戦略となる。それによって他の特徴に対する目的の多様性はより大きなものとなる。ノーマン・フォスターの「ウィリス・ファーバー&デュマス本社ビル」は、同計画の都市デザイン的な役割を意識し、大規模な理論的余地を与える環境工学を採用している。建築家ニール・デナーリはこう説明する。低層な建物の外皮の大部分を包み込む草の屋根デッキは効果的に内部温度を抑える熱的なマッスとして働く、と。それは暖房冷房の全体的負荷を、収穫逓減の法則が働く程度は減少させ、プランの配置を通してエネルギー消費を減らさなければならない実際的な必要を軽減する。その際のフォスターの技術ユートピア的関心に照らしてみると、緑の屋根と自由にかたちづくられるプランのコンビネーションを、建築家に反復のかたちを実験するための自由裁量権を提供する、異なった成果を生み出す多くの場所に適応し得る自動的なアーバニズムのためのスクリプトとして見ることもできるだろう。

機械は建物の生に対して不可欠なものであり、それを欠いた建築は望ましいものではない。実際、建築がそれ自体、そのかたちや空間や技術が集合的にその建築の内部を調整するような機械としてとらえることができればよりよいのだ。事実、こうした技術的側面は建築を経験する際に必ず見られなければならないわけではない。今日の建物はとりわけそうで、そしてそのために、建物の機構は建物の中に収められた技術のようには見えない。その変わり、技術の色を帯びるかたちは、ここで示す事例がそうであるように、建築家の関心に仕え得るものであり、空間、形、またはアーバニズムに関する探求のための基礎づくりをする。言い換えると、気候技術に関する対話を探求することで、いかに建物と機械とを統合するか、いかに建築に一筋の新鮮な空気を与えられるかの新たな戦略を伝えることができるのだ。

訳:榊原